2024年 国家一般職 問題20
行政法損失補償
【No. 20】損失補償に関するア~オの記述のうち、判例に照らし、妥当なもののみを挙げているのはどれか。
このページでは、妥当な記述(ア〜オ)を選んで判定します。
解説
解答すると、正解と解説が表示されます。
損失補償は、国や公共団体の適法な活動によって、特定の人が財産上の特別の犠牲を受けたときに、その損失を補う制度です(憲法29条3項)。通説では、公共のための負担を特定の人だけに負わせるのは公平に反するので、社会全体の負担で埋め合わせる趣旨と解されています。
補償が要るかどうかは、その制約が、誰もが当然に受け入れるべき一般的な制限の範囲を超える特別の犠牲に当たるかで決まります。判例は、特別の犠牲に当たるなら、法令に補償の規定がなくても、直接憲法29条3項を根拠に補償を請求する余地があるとしています(最大判昭43.11.27)。
【最大判昭43.11.27 裁判要旨】
二 財産上の犠牲が単に一般的に当然に受認すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものである場合には、これについて損失補償に関する規定がなくても、直接憲法第二九条第三項を根拠にして、補償請求をする余地がないではない。
【日本国憲法 第29条第3項】
私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
ア.誤答
主としてそれによって国の歴史を理解し、往時の生活・文化等を知り得るという意味での文化財的価値は、経済的評価にはなじまないところ、土地収用法上、損失補償の対象となる「通常受ける損害」は、経済的・財産的な損害に限られないため、このような意味での文化財的価値は損失補償の対象となる。
要点文化財的価値は、土地収用法上の損失補償の対象とならない。
妥当でない。判例は、土地収用法88条の「通常受ける損失」は経済的・財産的な損失をいい、国の歴史を理解し往時の生活・文化等を知り得るという意味での文化財的価値は、経済的評価になじまないので、損失補償の対象にならないとしました(最判昭63.1.21。輪中堤事件)。
こうした価値は、土地の不動産としての市場価格を高めず、金銭で埋め合わせる損失として量れないからです。判決は昭和42年改正前の88条についてのものですが、いまの88条も「通常受ける損失」を補償すると定めています。
【最判昭63.1.21 判決理由】
…例えば、貝塚、古戦場、関跡などにみられるような、主としてそれによつて国の歴史を理解し往時の生活・文化等を知り得るという意味での歴史的・学術的な価値は、特段の事情のない限り、当該土地の不動産としての経済的・財産的価値を何ら高めるものではなく、その市場価格の形成に影響を与えることはないというべきであつて、このような意味での文化財的価値なるものは、それ自体経済的評価になじまないものとして、右土地収用法上損失補償の対象とはなり得ないと解するのが相当である。
【土地収用法 第88条】
(通常受ける損失の補償)
第八十八条 第七十一条、第七十二条、第七十四条、第七十五条、第七十七条、第八十条及び第八十条の二に規定する損失の補償の外、離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失は、補償しなければならない。
イ.正答
火災が発生しようとし、又は発生した消防対象物及びこれらのもののある土地について、消防吏員又は消防団員が、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要がある場合に、これを使用し、処分し又はその使用を制限したことにより損害を受けた者があっても、当該者は消防法上その損失の補償を請求することができない。
要点火災の現場の消防対象物を使用・処分しても、損失の補償は請求できない。
妥当である。消防吏員又は消防団員が、消火などのために、火災が発生しようとし、又は発生した消防対象物とその土地を使用・処分したときについて、消防法は損失の補償を定めていません(消防法29条1項)。
この場合の対象は、火災が起きている(起きようとしている)物そのもので、処分しなくても火災で失われるおそれがあり、危険の元にもなっています。通説では、そのため、使用・処分されても特別の犠牲には当たらないと解されています。延焼のおそれもない物を、ほかへの延焼を防ぐために処分したときは補償が要るのと対照的です。
【消防法 第29条第1項】
第二十九条 消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。
ウ.誤答
火災が発生しようとし、若しくは発生し、又は延焼のおそれがある消防対象物及びこれらのもののある土地以外の消防対象物及び土地について、消防長若しくは消防署長又は消防団の長が、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために緊急の必要がある場合に、これを使用し、処分し又はその使用を制限したことにより損害を受けた者があっても、当該者は消防法上その損失の補償を請求することができない。
要点延焼のおそれのない消防対象物を緊急に使用・処分したときは、損失を補償する。
妥当でない。消防長などが、消火などのために緊急の必要があるときに、火災の現場の物や延焼のおそれのある物以外の消防対象物と土地を使用・処分したときは、損害を受けた者から補償の要求があれば、時価により損失を補償します(消防法29条3項)。
これらの物は、それ自体は火災の危険と関係がないのに、ほかへの延焼を防ぐために犠牲にされます。所有者だけに負わせるのは公平でない特別の犠牲なので、補償が要ります。
【消防法 第29条第3項】
消防長若しくは消防署長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために緊急の必要があるときは、前二項に規定する消防対象物及び土地以外の消防対象物及び土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。この場合においては、そのために損害を受けた者からその損失の補償の要求があるときは、時価により、その損失を補償するものとする。
エ.誤答
公共のために必要な制限により、財産上特別の犠牲が課された場合、法令上、当該制限について損失補償に関する規定がないときは、当該制限については補償を要しないとする趣旨であることが明らかであるから、直接憲法第29条第3項を根拠にして補償請求をすることはできない。
要点法令に補償規定がなくても、直接憲法29条3項を根拠に補償を請求できる。
妥当でない。判例は、河川附近地制限令に損失補償の規定がないからといって、あらゆる場合に一切の補償を否定する趣旨とまでは解されず、直接憲法29条3項を根拠に補償を請求する余地があるとしました(最大判昭43.11.27)。
補償の規定がないのは、その制限がふつうは誰もが受け入れるべき一般的なものだからです。それでも、具体的な事情によって特別の犠牲を受けた人がいれば、憲法29条3項が補償を求めます。
オ.正答
ため池の堤とうの使用に関して制限を加える条例は、財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、このような制約は、当該財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務というべきものであって、損失補償を必要としない。
要点ため池の堤とうの使用を禁止する条例による制約には、損失補償は要らない。
妥当である。判例のとおりです(最大判昭38.6.26。奈良県ため池条例事件)。
判例は、ため池の決壊の原因となる堤とうの使用は、憲法や民法が適法な財産権の行使として保障していないものだとしました。災害を防ぐために、財産そのものが生む危険を取り除く制約なので、財産権を持つ人が当然受忍すべきもので、特別の犠牲には当たりません。
【最大判昭38.6.26 判決理由】
…本条例は、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、その四条二号は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、結局それは、災害を防止し公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務というべきものであつて、憲法二九条三項の損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。
この問題について
- 出典
- 人事院「令和6年度 国家公務員採用一般職試験(大卒程度試験)専門試験(行政区分)」No.20
人事院の試験問題を、公共データ利用規約(第1.0版)に基づいて加工し、掲載しています。 - 本試験から変えた点
- 本試験は、妥当な記述の組合せ(1〜5)から1つを選ぶ問題です。このページでは、妥当な記述を直接選んで判定します。
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